
昼過ぎ、駐在所に電話連絡があり、中村トメ(87歳)を救出に向かった。
<とにかく、来てほしいんだけども>
電話をかけてきたのはトメの長男・末吉(60歳)だった。大きな図体をしているが、還暦を過ぎても乳離れできない困った男で、このときの電話の説明もまったく要領を得なかった。なんとなく嫌な予感がしたが、仕方がないので本官は自転車で末吉の下へ向かった。
「遅い、遅い、何をやっとったんじゃ!」
そして、本官を待っていたのは、下半身を肥溜めに埋没させたトメの理不尽な怒声だった。本官はその傍らで尾右往左往する末吉に、なんでこうなったのか尋ねたが、まったく要領を得なかった。どうやら農作業中に肥溜めに落ちたらしいと勝手に判断した本官は、とにかくトメがうるさいので末吉とふたりで彼女を肥溜めから引っ張り出すことにした。
ところが次の瞬間、本官が救出すべき対象は一人から二人に増えていた。足を滑らせた末吉が、今度は頭から肥溜めに突っ込んだのだ。
「何やっとんじゃ、このバカ駐在!」
そして、トメの怒りの矛先はなぜか本官に向けられていた。
「おめぇのせいで、末吉まで糞まみれになったでねぇか!」
どこかで、烏が鳴いていた。遠い、遠い啼き声さった。
トメはまるで熟れた柿のように顔を真っ赤にして、本官に怒鳴り散らしていた。たぶん、このお婆ちゃんは長生きするだろう。そんな世界の片隅で、本官はぼんやりと思ったものだった。
